第一海堡は、配置された多くの砲台等の遺構を確認することができますが、現在は危険物が残っている可能性があり、一般の立ち入りは禁止されています。
当サイトに掲載の写真については、所有者から上陸許可を得て、国土交通省関東地方整備局東京湾口航路事務所にて撮影したものです。
8. 煉瓦構造物
円筒状の煉瓦構造物でらせん階段が取り付けられていたと考えられます。
建設当初は19cm 加農砲がありましたが、関東大震災後に照明所に用途変更しています。
9. 防波堤
現在は砂がたまっていますが、石積の防波堤によって波の進入を防いでいました。
10. 掩蔽壕(えんぺいごう)
コンクリート造りの掩蔽壕です。地下道で内部の砲台にも通じています。
第一砲台にある掩蔽壕です。掩蔽壕とは、弾薬や物資、人員などを敵の攻撃から守るための施設で煉瓦構造となっています。
3. 第三砲台
第三砲台と呼ばれ、28cm榴弾砲が設置されていた場所です。関東大震災後に改築された比較的新しい施設です。
建設当初は19cm 加農砲がありましたが、関東大震災後に照明所に用途変更しています。
2. 第三砲台(南側)
第三砲台の前面は、風や波によって 侵食しています
1. 左翼観測所
左翼観測所と呼ばれる施設です。砲座付近には必ず観測所が置かれ、視界の開けた場所を選定していたようです。
左翼端砲座
左翼端砲座(7.5㎝速射加農砲2門)は、日清戦争後の明治37年(1904)に加えられたと考えられています。
4. 照明所
探照灯が設置されていた照明所です。平時には地下にあり、使用時には、縦穴からせり上げて利用していたと考えられています。
5. 第二砲台
終戦まで機能した第二砲台の跡地です。第二海堡から移設した15cm加農砲が設置されていました。戦後に米軍により爆破処理されました。
6. 中央凸角砲座
7.5cm速射加農砲が設置されていた、中央凸角砲座の跡地です。コンクリートと煉瓦で建造されていましたが、波浪の影響により、大きく崩壊しています。
7. 第一砲台
第一砲台付近には人造石を使用した箇所が残っています。人造石は他の東京湾要塞でも使用例がなく、貴重な事例です。
注: 造石工法は、真土 真砂土?(マサド)に石灰、硬化剤(にがりや海水)を加えて叩いて締め固めたものである。
当時は高価であったセメントに代わって、安価な石灰を結合材として使用しています。
第一砲台にある鉄筋コンクリート橋です。戦後の米軍爆破により、鉄筋が大きく湾曲しています。
12cm速射加農砲が設置されていた、第一砲台の跡地です。日露戦争前に設置されたと考えられています。
人造石 第一砲台の跡地 鉄筋コンクリート橋